経験から学ぶことの大切さについて
2024年4月に、ベネッセ教育総合研究所から発信された調査結果「経験を通して学ぶことの意味を考える」(リンクは当記事最下部)をもとに、同研究所主席研究員の、木村治生氏が、みらいキャンパスに本記事「経験から学ぶことの大切さについて」を寄稿くださいました。長年にわたり、同じ子どもたちの成長を時間軸を追ってみていく取り組みがあったからこそ得られ、見えてきた「経験」と「学び」との関連性。これをもとに、未来の学びプロジェクトとしても、保護者の皆様や、講師、教育者の皆様、社内外で、「どのような経験が子どもたちの『未来をたくましく、ポジティブに生きていく力』につながっていくのか」について考え、対話していきたいと考えています。
~寄稿~
木村治生
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員
2000年にベネッセコーポレーションに入社後、子どもの生活や学び、保護者の教育に対する意識や行動、教員の指導の実態の調査研究に携わる。2015年からは、東京大学社会科学研究所とともに全国2万組の親子の成長を追跡する「子どもの生活と学び」研究プロジェクトをリードし、子どもの自立を左右する要因や「よく生きる」を実現する学びのあり方について研究している。専門は教育社会学、社会調査。二児の父でもある。
為すことによって学ぶ
私たちは文字や音声などで言語化された情報(教材)から、多くの知識・技能を学びます。身につけた知識・技能はその場限りでなく、いろいろな場面に応用することができます。これは、ヒトに特有の学びのスタイルです。私たちは、原理原則や科学的概念として学んだ内容をうまく使って、現実に起こる出来事を解釈したり、問題を解決したりしています。この意味で、教材を使って知識・技能を積み上げていく学びは、決しておろそかにできるものではありません。
しかし、学びのスタイルは、それだけではありません。私たちは、直接的な経験を通じても多くを学んでいます。複数の経験から帰納的に一般原則を導き出し、知識や技能として昇華させ、次の経験に生かしています。こうしたスタイルもまた、重要な学びのあり方といえます。現代の経験主義的な教育の祖ともいえるジョン・デューイは、「人は為すことによって学ぶのだ」と述べています。
チャレンジングな経験
では、現代において、経験を通した学びはどのような意味や価値をもっているのでしょうか。このことを考える一つの材料にするため、ベネッセ教育総合研究所では子どもの「チャレンジングな経験」に関連する要因について、データをもとに考えてみました。使用したデータは、東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所が共同で実施している「子どもの生活と学びに関する親子調査」の結果です。
「チャレンジングな経験」とは、図1に示したような①好奇心・探索の経験、②果敢な挑戦の経験、③夢中・没頭の経験、④達成・自信の経験、⑤将来を考える経験の5つです。調査では、そのような経験が1年間にあったかどうかを子どもにたずねました。この調査では他にも「家族で旅行をする」「美術館や博物館に行く」「地域の行事に参加する」といった経験があったかどうかも調べています。そうした出来事ももちろん、子どもにとって貴重な機会になる可能性はあります。しかし、単に出来事がたくさんあればよい、というものでもないと考えました。日常によくある出来事でも、それにたいして主体的にかかわったり、試行錯誤して頑張ったり、思考を深める気づきがあったりすることはあります。それは、自らの成長をうながす貴重な経験と言えます。そこで、単に表面的な出来事があったかなかったかだけではなく、好きなことや難しいことに没頭して自信をつけたり、将来について考えたりといった深い思考につながる経験をしているかどうかを確認したいと考え、この5つを「チャレンジングな経験」として重視しました。
経験の少なさ
分析によって分かったことの一つは、子どもたちはこうした「チャレンジングな経験」をあまりしていないということです(図2)。小学校高学年から高校生までの平均では、③夢中・没頭の経験は6割が「あった」と答えているものの、⑤将来を考える経験は4割、①好奇心・探索の経験と④達成・自信の経験は3割、②果敢な挑戦の経験は2割にすぎません。日々の生活の中では、こうした経験に出合うことは難しいようです。もしくは、それにつながる経験をしていたとしても、それを挑戦と捉えたり、自信につなげたり、将来と結びつけたりといった意味づけをする内省が不十分なのかもしれません。
認知的な資質・能力との関連
もう一つわかったことは、こうした経験が子どもの学習や資質・能力のさまざまな要素と関連しているということです。「チャレンジングな経験」を多くしている子どもとあまりしていない子どもの2つのグループにわけて分析したところ、多い子どもは学習に対して前向きで、意欲が高いことがわかりました。認知的な活動(知識の習得や思考など)に対しても「得意」と回答する割合が高く、学校での成績が優れている子どもが多いという結果も得られました(図3)。
経験を通した学びと教材を通した学びは決して分離されるものはありません。たとえば、昆虫が好きな子どもは、公園などで昆虫を捕獲し、その生態を観察するようなことをよくしますが、そうした経験からは自然や生物に関する知識が身につきます。捕まえた昆虫を図鑑やインターネットで調べてその虫の特徴について考え、新たな発見をするようなこともあるでしょう。このように、好きなことに没頭する経験から知識・技能が広がったり、思考力・判断力・表現力が高まったりすることはよくあります。学校でも、教科書で学ぶだけでなく、友だちと議論をして深めたり、実験や観察など体験的な学習で確かめたりする活動が多く取り入れられています。教材で学んだ知識・技能もまた、実際の生活場面に応用することで、さらに深い理解や思考につながるのです。
非認知的な資質・能力との関連
さらに、「チャレンジングな経験」が多い子どもには、粘りづよさや利他心、自己肯定感といった非認知能力と呼ばれる資質・能力が高い傾向がみられました(図4)。経験を通じて身につけるのは、認知能力だけではありません。好きなことに没頭したり、難しいことに挑戦したり、困難を乗り越えて成功したり、また反対に乗り越えられず失敗したりといった経験からは、物事に取り組む姿勢や周囲との協力・コミュニケーションの仕方など、教材では学びにくいことを学ぶこともできます。仲間や先生、保護者の方との相互作用で学ぶことも、たくさんあるはずです。
経験を絶えず改造し続ける
ここで述べたような多様な資質・能力と「チャレンジングな経験」との関連はあくまで相関であり、因果関係はわかりません。しかし、自分の過去を振り返ってみると、「チャレンジングな経験」を通してさまざまなことを学んだ、自己を成長させることができたと感じる人は多いのではないでしょうか。まさに、「為すことによって学ぶ」です。
この言葉を遺したデューイは、学びにつながる経験について、二つの要素が必要だと指摘しています。一つは、ある経験が次の新たな経験に発展するといった連続的なものであること(連続性の原理)であり、もう一つは内的・外的な環境との相互作用によって経験が再構成されること(相互作用の原理)です。少し難しくなりましたが、経験したことがその場限りで終わるようだと、それは学びにつながりません。経験したことを前の経験や知識と結びつけ、その意味や価値を考えることが大切です。それを成立させるのが熟慮(リフレクション)であり、経験したことを意味づけ、経験を絶えず改造し続けることが学びだというわけです。
これからの学びのあり方について考える
「チャレンジングな経験」には、そうした深い学びにつながる連続性や相互作用の要素、さらには自分の活動をふりかえる機会が内在していると考えます。「チャレンジングな経験」を十分にしている子どもが少ないかもしれない今日、できるだけ多くの子どもに、それぞれ固有の成長につながる経験の機会を持ってほしいと願います。そこで得た力は、大人になってからも役立つものになるはずです。
今回紹介した「経験を通して学ぶことの意味を考えるためのデータ」は、ベネッセ教育総合研究所のホームページで詳しい内容を紹介しています。ぜひ参考にして、これからの子どもの学びのあり方について考える参考にしてみてください。
<参考リンク>
■ベネッセホールディングス プレスリリース【小学生から高校生の学びに関する9年間の追跡調査データ】「チャレンジングな経験」は 子どものさまざまな能力と関連